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統合失調症の当事者で思い詰めている人が凄く多い|休むのがつらい人へ|医学的な根拠を元に休むことを肯定するから、しっかり休んで回復してね!

『統合失調症問題解決』

こんにちは!大地です!統合失調症歴13年目になります!!
休んで何もしないことが原因で、『自分は後退している』『社会から取りこぼされている』『世間から必要とされていない』などと考えて、希死念慮が出る人もいます。これは誰しも他人事とは言い切れない部分があって、僕はあるとき突然、今まで一度も希死念慮が出ていなかったのに、過度にストレスがかかると希死念慮が出るようになってしまいました。
だからこそ、当事者の方は自分でも気が付かない間に焦りが出て、自分を責めることがあった時に、僕のこの記事を思い出してください。医学的な根拠・科学の力がその時の皆さんの休むという事を肯定してくれています!家族の方も、もし当事者が辛いと言っていたら、この記事を読んで、インターバルという事を伝えて安心させてあげてください!(≧▽≦)/

世間からの見られ方と当事者の気持ち|当事者の中には自分を責める人もいます

統合失調症の回復過程では、身体や脳を休める時間が不可欠であるにもかかわらず、その「休み」に対して強い罪悪感を抱く人は少なくありません。何もしていない自分に対して価値がないと感じたり、周囲に遅れを取っているのではないかと不安になることがあります。特に社会復帰を意識している段階では、休むことが後退のように感じられることもあります。

しかし、この感覚は個人の性格の問題ではなく、病気の特性や社会的な価値観の影響を受けて生じるものです。現代社会では「何かをしていること」が評価されやすく、「何もしない時間」は無駄と捉えられがちです。この価値観が、回復に必要な休息を妨げてしまうことがあります。

実際は?

SNSの書き込みを見ていて、自分は働いているのに障害者年金をもらって生活している奴が腹立たしいという声を目にしたことがあります。障害者の辛さを分からず、分かろうともせずただ目の前の状況を見て「うらやましい」から嫌いという考えになる人がいます。
もちろん、世の中そういう人だけではないのですが、当事者の中でも働きたいのに働けない。ただ休んでいることへの罪悪感がある人が多いことは分かってほしいと感じています。
僕は統合失調症歴13年目でようやく休むことへの罪悪感が無くなりつつあります。しかし、まだ完全に払拭できたわけではなく、誰かのために何かがしたくて毎日ブログを書いています。
今回の論文から、僕と同じ考えの人がいることを知って少し安心できました!(・ω・)ノ
また、療養するためには『休むこと』『休んで回復すること』が必要不可欠だと頭では分かっています。しかし、何もせずに時間が過ぎていく日々に焦りがあるのも事実です。このまま社会と繋がりを持てなかったらと思うと不安になりますし、休んでいるのに再燃した自分にもどかしさを感じています。それでも、いつかは働いて劣等感や罪悪感を過去のものにしたいと考えています。
僕は、そういう当事者に絶対に言いたいことがあって、僕と同じで「絶対に働くこと」を考えるのは良いけど、「違和感があった時に絶対に休むこと」への抵抗を無くしてからにした方が良いということです。
働き始めてからは、自分の体調を自分で管理しないといけません。また、再燃しそうだと感じたらすぐに仕事を休んだり、休職したりしなければなりません。焦って早く仕事を始めても結局病気の症状が悪化したら療養生活に後戻りします。
一般的な人と違って、早く社会復帰できれば良いという訳ではないです。自分の体調の些細な変化に気が付けるようになって初めてスタートラインです。療養は、それが分かるようになる為の研修期間だと考えましょう。

脳の回復にはエネルギーが必要|休むことは積極的に回復しようと行動していると捉えられる

統合失調症は、単なる気分の問題ではなく、脳の機能に関わる疾患です。特に注意や思考、感情の調整に関わる神経回路が大きな負担を受けています。この状態では、日常的な活動でさえ通常より多くのエネルギーを消費します。

これは、何もしていないように見える時間でも、脳の中では回復のためのプロセスが進んでいるということで、神経伝達物質のバランス調整や、過剰な刺激からの回復といった目に見えない作業が行われているのです。こうしたプロセスは外からは確認できませんが、回復にとって極めて重要な役割を担っています。

そのため、休むことは「活動していない状態」ではなく、「回復を進めるための積極的な行動」と捉える必要があります。

当事者が自分を責める原因|心理的な背景

休むことに対する罪悪感の背景には、いくつかの心理的要因が存在します。ひとつは自己評価の低下です。症状によってできることが制限されると、自分の価値を過小評価しやすくなります。その結果、何もできていない時間を否定的に捉えてしまいます。

過去の自分と今の自分の比較もあげられます。過去の自分や周囲の人と比べてしまうことで、現在の状態を劣っていると感じやすくなります。この比較が、休んでいる自分を責める材料になってしまいます。

療養期間が長いと、回復への焦りも影響します。早く元の生活に戻りたいという思いが強いほど、休む時間を無駄だと感じてしまう傾向があります。しかし、焦りは結果的に回復を遅らせる要因にもなり得ます。

考え方を変えてみる事も大事|「何もしない」をタスクとして再定義

ここで重要になるのが、『何もしない時間』の意味を再定義することです。従来の価値観では、何もしないことは生産性がないと考えられてきました。しかし統合失調症の回復においては、その時間こそが最も重要なプロセスの一部です。

例えば、筋肉を鍛えるトレーニングでも、実際に筋肉が成長するのは休息の時間です。同じように、脳の回復も休んでいる間に進みます。この視点に立つと、休息は単なる停止ではなく『回復というタスクの遂行』と言えます。

つまり、何もしていない時間は『サボり』ではなく、『回復という作業を実行している時間』です。このように意味づけを変えることで、罪悪感は徐々に軽減されていきます。

実際は?

僕は統合失調症歴13年目になりますが、今でも家で何もせずに寝ているだけの時間があります。この時間が脳を休めるためのインターバルだと考えています。
運動をしている人が、1時間運動した後10分休憩を取る。その後、また1時間運動して10分休憩を取る。といったことを繰り返すことで、計4時間の運動時間を1日にこなせるのと一緒です。運動をしている人も、この10分の休憩があるから心や体が壊れずに済むんです。このインターバルをサボっているとか、怠けている、後退している、何もしていないなど、という考えになるのはおかしいですよね!
要は、「脳が活動しすぎているんだから、休むのはインターバルですよ」ということです。
運動をしている人が、インターバル中に罪悪感を感じないように、統合失調症の当事者もインターバル中に罪悪感を感じなくて大丈夫ですよ!(/・ω・)/

実生活での具体的な考え方の工夫|行動の工夫

考え方を変えるためには、日常の中で具体的な工夫を取り入れることが有効です。まず、自分の一日の中に『休む時間』をあらかじめ予定として組み込むことが重要です。これにより、休息が偶然のものではなく、計画された行動として位置づけられます。

また、「今日は回復を進めた日」と言語化することも効果的です。何かを達成した日と同じように、休めた日にも意味を持たせることで、自己評価のバランスが整います。

活動と休息をセットで考えることも役立ちます。例えば外出した後には必ず休む時間を取るといったルールを作ることで、休息が自然な流れとして受け入れられやすくなります。

まとめ|回復は直線ではない

統合失調症の回復は、一直線に進むものではありません。良い日とそうでない日を繰り返しながら、少しずつ前に進んでいきます。この過程において、休む日が多くなる時期は決して異常ではなく、むしろ必要な段階です。

もし休んでいる期間が長く感じられても、それは回復が止まっているわけではありません。水面下で進んでいる変化は見えにくいものですが、確実に積み重なっています。

大切なのは、短期的な成果ではなく、長期的な回復の流れを見ることです。今の休息が将来の安定につながると理解できれば、罪悪感は徐々に和らいでいきます。

長期的な流れを見るという事|主治医の先生は当事者と家族の両社とは違う世界を見ている

まとめで『大切なのは、短期的な成果ではなく、長期的な回復の流れを見ることです。今の休息が将来の安定につながると理解できれば、罪悪感は徐々に和らいでいきます。』と書いてあるように主治医の先生は長期的にどうかを考えて今の僕たちと接してくれています。
しかし、家族や当事者の方では今の自分を何とかしてほしいという考えの方が多いのが現状です。主治医の先生はどれくらい先のことをを考えているのかを、記事にしたことがあったので、一応貼っておきます!

参考文献

World Health Organization. Schizophrenia.
National Institute of Mental Health. Schizophrenia Overview.
American Psychiatric Association. Practice Guideline for the Treatment of Patients with Schizophrenia.

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