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フィンランド発祥のオープンダイアローグって知ってる?|対話をすることで統合失調症が良くなるという結果があるけど、フィンランドの形式でやっても意味がないのでは?と感じました|理由として文化の違い・考え方の違い・日本人との心理の違いがあるから|学術論文から理由

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こんにちは!大地です!統合失調症歴13年目になります!!
以前母にオープンダイアローグというものがあると伝えられて、母がオンラインで参加している話を聞いていました。調べてみると、オープンダイアローグとは、フィンランドで始まった精神医療の支援方法で、特に統合失調症や強い精神的不調を抱えた人への対応で注目されています。特徴は、「本人だけを診る」のではなく、家族や支援者、医療スタッフが一緒に対話を行うことです。薬だけで症状を抑えるのではなく、「その人に何が起きているのか」をみんなで話し合いながら理解していきます。

面談では、本人の話を否定せず、幻聴や妄想についても「意味のある体験」として耳を傾けます。医師だけが結論を出すのではなく、参加者全員で考える形を重視します。また、できるだけ早期に支援を始め、入院を減らし、地域で生活を続けられるよう支援する考え方があります。そして、その「対話そのもの」に治療的な力があると考える点が大きな特徴です。

うーんと・・・??僕は、何でそれだけで良くなるの??と疑問に思いました。僕は統合失調症で幻視・幻聴・妄想があって、妄想が酷かった時なんかは誰に何を言われても自分の考えが正しいと思っていたので、他人が何かを喋っているとよくなるという考え方や、その構造自体が僕の疑問点です。そこで、オープンダイアローグはどんなことを重要視して行われるのかも調べました。

オープンダイアローグで最も重視されるのは、「すぐに答えを決めつけないこと」と「対話を続けること」です。精神的につらい状態にある人に対して、医療者が一方的に診断や解釈を押し付けるのではなく、本人や家族の言葉を丁寧に聞き、「その人にとって今何が起きているのか」を一緒に考えていきます。

特に重要なのは、本人の声を中心にすることです。幻聴や妄想も単なる『間違い』として扱わず、『どんな意味を持っているのか』を理解しようとします。また、家族や支援者も同じ場で話し合うことで、孤立を減らし、安心感を作ることを大切にしています。

さらに、「沈黙」「迷い」「結論が出ない状態」を無理に急がないことも特徴です。すぐに正解を出すよりも、対話を通して少しずつ理解を深める姿勢が重視されています。

とありました。これを見て、僕は喋っていて、突然会話が途切れた場合の日本人の行動は、その場で誰かが話すことで場を繋いでいることを思い出しました。そもそも、日本人って喋っている時に突然誰かが沈黙したら、「どうしたの?」「大丈夫?」と声をかけてその人の心配をすることが多いと感じています。

そういった経験があるから、「沈黙」「迷い」「結論が出ない状態」がある人を見ると、日本人は心配になって、「大丈夫?」「どうしたの?」などと、結論を聞く傾向にあると考えています。そして、その言葉や思考をする人って、その人のことを助けようとしているからであると考えています。

これらのことから疑問に思い、文化や心理学論文から、二つの国の違いを調べたところ、日本でフィンランドと同じように同じオープンダイアローグをするのは、めちゃくちゃオブラートに包んでも『ガチで厳しい』と感じました。
オープンダイアローグは人の心理に関することなので、フィンランドと日本の思想の違いや無意識化でその場や言葉をどう感じるかなど、その人の心理状況が違うことから、どうすれば日本人でオープンダイアローグができるかを論文を参考に思考していきます。オープンダイアローグに興味がある方は、ぜひ読んで参考にしてみてください。

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日本の『沈黙』とフィンランドの『沈黙』の比較研究

この研究は、「日本人とフィンランド人はどちらも静かな民族と言われるが、その“静けさ”の意味は同じなのか」という疑問から行われました。海外では、日本人もフィンランド人も「無口」「控えめ」と表現されることがあります。

しかし研究者は、表面的には似ていても、その背景にある心理や文化は異なる可能性があると考えました。特に文化心理学では、日本は「空気や人間関係を重視する高コンテクスト文化」とされ、フィンランドは「個人空間や沈黙を尊重する文化」と考えられています。そのため、沈黙がどのような意味を持つのかを比較することが研究目的になりました。

研究では、日本文化とフィンランド文化における「沈黙」「静けさ」「会話」の意味が比較分析されました。日本では、沈黙は相手への配慮や場の空気を壊さないために使われることが多く、「言わなくても察する」という文化と結びついていました。

一方、フィンランドでは、沈黙は「気まずいもの」ではなく、自然で快適な状態として受け止められていました。例えば、日本では会話が止まると「何か話した方がいい」と感じやすい場面でも、フィンランドでは無理に話題を作らず静かな時間を共有できる傾向が紹介されています。同じ『沈黙』でも、意味がかなり違うことが分析されました。

研究では、日本とフィンランドはどちらも「静かな文化」と見られやすい一方で、その理由は大きく異なると結論づけられました。日本の沈黙は、「周囲との調和」や「空気を読むこと」と強く関係しており、人間関係を円滑にするための社会的行動としての意味が大きいとされました。

一方、フィンランドの沈黙は、「個人の空間を尊重すること」や「無理に干渉しないこと」と結びついていました。つまり、日本では「集団への配慮」として沈黙が使われやすく、フィンランドでは「個人の自然な在り方」として沈黙が存在しているという違いが示されました。

参考文献

BEYOND SILENCE. A CROSS-CULTURAL COMPARISON BETWEEN FINNISH ‘QUIETUDE’ AND JAPANESE ‘TRANQUILITY’
著者:Diana P. Petkova


この事から、フィンランド人は沈黙していることそのものを無意識化で尊重しているから、喋っている会話が途切れて誰もしゃべらなくなっても自分のことを大事にしてくれていると感じるし、自分も相手のことを大事にするから沈黙があることを大切にすることが分かり、僕自身の経験から、日本で考えると、喋っている人の周りは、沈黙していて、喋る人とその話を聞きたい人への配慮があるから喋らずに沈黙するという文化がある。だから、喋らずに聞いているだけの人が『みんなは自分を大事にしてくれる』という気持ちにならない。と考えます。

そもそも、先程も話した内容と似ているのですが、喋っている人が言葉に詰まって「どうしよう・・・。」となっていたら、誰かが「その人のために何かしゃべらないと!」って無意識化で感じて場を保つために喋るというのが日本の文化だと感じています。要は楽しい雰囲気を崩さないように立ち振る舞うことって大事だよね!って考えている人が多いと思うんです。

先ほどの論文からは、沈黙というもののとらえ方が違うことを記述しましたが、次はざっくりと文化や心理の違いを書いていきます!!

さらに文化や心理の違いを紐解いていく

文化人類学や心理学の枠組み(ホフステードの文化次元モデルなど)で見ると、両国には以下のような非対称性があります。

①「個の自律」vs「集団の調和」
フィンランド:徹底した個人主義
「人は一人ひとり違って当たり前」が前提です。家族であっても精神的には独立しており、自分の意見を持つこと、それを表明することが推奨されます。

日本:集団主義・間人(かんじん)主義
「私」よりも「関係性(場)」を重んじます。調和を乱さないこと、周囲の期待に応えることが優先されやすく、自分の本音(私心)を出すことに罪悪感や恐怖を抱きがちです。

②「平等の精神」vs「垂直的な階層意識」
フィンランド:極めてフラット(低権力格差)
医師も患者も、上司も部下も、人間として対等であるという意識が骨の髄まで染み込んでいます。

日本:タテ社会(高権力格差)
「先生と患者」「先輩と後輩」「親と子」のように、役割や年齢による上下関係(階層)を無意識に重視します。目上の人や専門家の言うことには従うべきという心理が働きやすいです。

③「沈黙」の解釈の違い
フィンランド:個人の思考時間の尊重
沈黙は「相手が今、自分の内面と向き合って考えている神聖な時間」であり、誰もそれを邪魔してはならないと考えます。

日本:気まずさ・同調のプレッシャー
場が沈黙すると「何か怒らせたか?」「自分が何か言わなきゃ」という不安や気まずさを生みやすく、空気を読むための沈黙になりがちです。

なぜ日本でオープンダイアローグが定着しにくいのか?

オープンダイアローグの本質は「平等の精神」「答えを急がない(不確実性の抱え込み)」「すべてをオープンにする」ですが、これらは日本の伝統的な対人心理や医療システムの構造と真っ向から衝突します。

定着しにくい理由①:依存の心理

日本では、医療でもカウンセリングでも「先生、どうすればいいでしょうか?」と答えを求めて依存する心理(甘えの構造と出てきました)が強く働きがちです。 オープンダイアローグでは医師が「私にも分かりません。一緒に考えましょう」というスタンスをとりますが、日本の文脈ではこれが「頼りない」「無責任だ」と受け取られてしまうリスクがあります。また、医療従事者側も「専門家としてのプライドやコントロール権」を手放すのが心理的に難しいという側面があります。

定着しにくい②:「恥」の文化と「世間体」がある

オープンダイアローグは家族や関係者を巻き込み、全員の前で問題をオープンにします。しかし、日本には「家の中の恥を他人に晒してはならない」「世間体が悪い」という強い心理的抵抗があります。家族の問題をオープンに話し合うこと自体が、日本の家族観にとって非常にハードルが高いです。

定着しにくい③:本音(対話)を遮る「役割意識」

日本のミーティングでは、参加者が「父親としての意見」「主治医としての意見」という役割の仮面を被って話しがちです。オープンダイアローグで求められるのは、役割を剥ぎ取った「一人の人間としての生々しい本音の響き合い(多声性:ポリフォニー)」ですが、これをやろうとすると、関係性が壊れるのではないかという恐怖が勝ってしまいます。

日本でやるならどうすればいい?

日本人は「場の空気」の尊重が強い反面ので、規則や決まりでガチガチにルールを固めることで、ルール上問題ないから喋る。という安心して本音を言える土台ができます。

例として、
誰かが喋っているのであれば、絶対最後まで聞く。間違っていると感じても「僕はこういう考え方もあると思うよ」と、真っ向から否定の禁止。沈黙しても、考える時間ととらえなければならない。親子だからなど、肩書や立場はの考え方を禁止する。などなど。

フィンランド人にはフィンランド人のあり方(文化・思想などの安心材料)があるように、日本人には日本人のあり方があります。
規則や決まりでガチガチにルールを固めることで、もはやオープンダイアローグではなくなる可能性もありますが、フィンランドと同じようにはできない以上、日本の在り方を意識したやり方でやる事は、考え方としてはありだと思っています!

文化の違い(日本人だからこそ)と統合失調症関連の記事で興味があればこちらもどうぞ!

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こんにちは!大地です!統合失調症歴13年目になります!!久々の投稿になります、最近体調崩していて中々ブログを書けていなかったのですが、ようやく書けました!!というか、書いていた内容が完成しました!(笑 今回の記事は2万2000文字ギリ行かないくらいあるので、めっちゃ読みごたえがあると思います!(/・ω・)/ さらっと読むと分からなくなるような内容かも?なので、しっかり読むなら大体40~60分くらいが閲覧時間かなと思います。はっきり言ってめっちゃ多いです、めっちゃ多いので時間があるときにゆっくり見てくれればなと思います!(・ω・)ノそれでは本題に入りますが、今回なんですけど、心理学研究で日本人の…

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ブログを読んで皆さんが良いパーソナルリカバリーができますように(/・ω・)/

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