はじめに
私たちは普段、人の「性格」や「人柄」を考えるとき、どのような部分を見て判断しているでしょうか。
仕事を効率よくこなせること、人との会話が上手であること、周囲を明るくできることなど、社会の中で分かりやすく評価されやすい能力に目を向けることが多いのではないでしょうか。
しかし、人の価値や魅力というものは、本当にそのような目立つ能力だけで決まるものなのでしょうか。
特に、統合失調症をはじめとした精神疾患を抱えている人に対しては、「何ができなくなったのか」「どのような困難があるのか」という部分に注目してしまうことがあります。
もちろん、病気によって生じる症状や生活上の困難を理解することは、適切な治療や支援を行うために大切です。
ですが、その人の中にある「変わらず残っているもの」に目を向けることも、同じくらい重要なのではないでしょうか。
たとえ以前のように活動することが難しくなったり、人との関わりに苦労したりすることがあったとしても、その人の内側には、他者を思いやる気持ちや、物事を公平に考える力、美しいものに心を動かされる感性など、目には見えにくい大切な強みが存在しているかもしれません。
では、統合失調症という病気によって変化しやすい部分がある一方で、どのような強みが保たれ続けるのでしょうか。
また、その人が持っている強みに気づくことは、人生の満足度やリカバリー(回復)にどのような影響を与えるのでしょうか。
この問いに対する重要なヒントを与えてくれるのが、2019年にPaulina Rozyaらによって発表された研究です。
この研究では、統合失調症当事者と精神疾患のない健常者を対象に、「性格の強み」を科学的に比較し、統合失調症があっても保たれている人間的な強みや、人生満足度との関係について詳しく分析しています。
今回は、この研究結果をもとに、統合失調症ではどのような強みに違いが見られるのか、そして病気があっても失われない人間らしい強みとは何なのかについて、医学的な視点から分かりやすく解説していきます。
第1章 ポジティブ心理学と精神医学の視点転換:欠陥モデルから強みモデルへ
心の治療における「欠陥モデル」と新しい視点
みなさんは、心の病気の治療と聞いてどのようなイメージを浮かべるでしょうか。多くの人は、病院へ行ってつらい症状を抑えたり、うまく働かなくなってしまった心や脳の機能を元通りに治したりすることだと考えるかもしれません。従来の精神医学や臨床心理学の世界でも、まさにそうした考え方が中心になって発展してきた歴史があります。
専門的な言葉では、こうしたアプローチのことを「欠陥モデル」や「病理モデル」と呼ぶことがあります。人間の心に生じた「マイナスな部分」や「壊れてしまった部分」に注目し、それをゼロの状態に近づけることを目指す方法です。病気によって引き起こされる激しい苦しみを和らげ、日々の生活をスムーズに送れるようにサポートすることは、当事者の方々が穏やかに暮らす上で欠かせない役割を果たしています。
しかし、近年ではこの医療のあり方に対して、ある非常に重要な問いかけがなされるようになりました。それは、「苦しい症状さえなくなれば、人はそれだけで本当に幸せになれるのだろうか」という素朴な疑問です。症状が落ち着くことは間違いなく素晴らしいことですが、痛みが消えたからといって、そのまま人生の喜びや希望が自動的に湧いてくるわけではありません。マイナスをゼロにする治療だけでは見落とされてしまう「その人らしい幸せ」について、医療の現場でも真剣に考え直す時期が訪れているのです。
ポジティブ心理学と「ウェルビーイング」が教えるもの
先ほどの問いに対して、大きなヒントを与えてくれたのが「ポジティブ心理学」という新しい心理学の分野です。この学問は、マーティン・セリグマンやミハイ・チクセントミハイといった研究者たちによって提唱され、これまでの常識に心地よい風を吹き込みました。彼らは、悪い部分や弱点を治すことと同じくらい、その人が生まれつき持っている良いところや長所を大切に育てるべきだと主張したのです。つまり、本当の意味でのケアとは、壊れた部分を修復する作業にとどまらず、その人の中に眠っている可能性や強みをどこまでも伸ばしていくプロセスなのだと言えます。
実際の現場を見渡してみても、精神的な症状が落ち着いて病院を出られるようになったからといって、誰もがすぐに人生への満足感を得られるわけではありません。症状は静まっているのに「自分には生きている価値がないのではないか」と悩む人がいる一方で、病気の症状と上手に付き合いながら、自分だけの目標や生きがいを見つけて生き生きと過ごしている人もいます。この両者の違いは、単に「症状があるかないか」という基準だけでは決して説明がつきません。
だからこそ最近では、「ウェルビーイング」という言葉が注目を集めるようになりました。これは単に身体や精神に病気がない状態を指すのではなく、心が満たされ、自分らしく幸せに生きられているかという「人生の質」全体を表す考え方です。これからの心のケアにおいては、 マイナスを減らす視点だけでなく、プラスの感情や生きがいを育てていく視点がよりいっそう大切になっていきます。
診断のラベルを超えて当事者の方の「強み」を活かす時代へ
特に統合失調症の分野では、長年にわたって国際的な診断基準であるDSMやICDに基づき、現れている症状の種類や重さを分類して診断名を決めることが重視されてきました。こうしたマニュアルは、世界中の医療者が共通の言葉で安全に治療を進めるために作られた重要な仕組みです。しかしその反面、「精神疾患」という病気のラベルばかりが目立ってしまい、当事者の方ひとりひとりが持つ素晴らしい人柄や魅力をかき消してしまうという問題点もありました。
たとえば、当事者の方が他人への思いやりや誠実さ、温かいユーモアを見せてくれたとしても、昔の医療現場では「病気の影響による行動だろう」とか「心を守るための反応に過ぎない」などと解釈されてしまうケースがありました。本来であればその人自身の素敵な長所であるはずの資質が十分に見評価されず、結果として支援を受ける当事者の方自身も「自分には良いところなんて何一つない」と自信を失ってしまう悪循環が起きていたのです。人は誰しも「できないこと」だけで生きているのではなく、自分の中にある「できること」や「自分らしさ」に支えられて人生を歩んでいるため、これは非常に悲しい出来事でした。
こうした反省から生まれたのが、弱みだけでなく強みや希望、人との繋がりを大切にする「ポジティブ臨床心理学」や「リカバリー」という思想です。リカバリーとは、単に症状が完全に消え去ることだけを意味しません。病気を抱えていたとしても、自分なりの幸せや生きがいを見つけ、希望を持って前を向くことこそが本当の回復だと考えられています。今回ご紹介するポウリナ・ロザたちの2019年の研究は、当事者の方を「手助けが必要な存在」として見るのではなく、一人ひとりが秘めている性格的な強みを科学的に確かめ証明した画期的な取り組みです。この研究は、「病気によって何が失われたか」を探るのではなく、「病気があっても、その人の中にどんな素晴らしい強みが残り続けているか」を私たちに優しく教えてくれています。
第2章 研究方法をわかりやすく解説|統合失調症当事者と健常者はどのように比較されたのか
研究の目的|統合失調症当事者と健常者の「性格強み」を比較
統合失調症に関する過去の研究では、幻覚や妄想といった症状の重さや、頭の働きである認知機能の低下など、マイナス面に焦点を当てたものが大半を占めていました。しかし今回の研究は、「病気を抱えていても、その人の中に残り続ける長所や強みがあるのではないか」という全く新しい疑問から出発しています。研究者たちは、当事者の方と健康な人の「性格的な強み」を客観的に比べることで、病気によって影響を受けやすい強みと、どんな状況でも失われにくい強みの存在を確かめようと試みました。
さらにこの研究には、それぞれの強みが日常の「人生の満足度」とどのように関係しているかを解き明かすという大切なゴールが設定されています。当事者の方角が自分らしく前を向いて生きる「リカバリー」を応援するためには、どのような強みを活かしていけば良いのかという、実践的で温かいヒントを得ることが研究の真の目的なのです。
対象者の特徴|条件を揃えた40名の当事者と40名の健常者を比較
この調査には、診断基準によって統合失調症と診断された40名の当事者の方々と、これまで心の病気にかかったことがない40名の健康な方々、合わせて80名が参加しました。両グループの平均年齢はどちらも44歳前後で統計的な差はなく、性別の割合も同じになるよう丁寧に調整されています。年齢や性別の違いによってデータがブレてしまわないよう、細かい工夫が施されているわけです。
その一方で、日々の暮らしを取り巻く環境にはいくつかの違いが見られました。たとえば、お給料の発生する仕事に就いている人の割合は健康なグループで100%だったのに対し、当事者のグループでは0%という結果でした。誰かと一緒に暮らしている人の割合や学校を卒業した学歴のデータにも差があり、病気を抱えながら社会の中で生活していくことの厳しさが数字にも表れています。
ただし、今回の研究に参加された当事者の方々は、急に症状が重くなった急性期の人たちではありません。全員が精神科のデイケアやリハビリ施設に通いながら、リハビリプログラムに参加できるほど症状が落ち着いている「寛解期」の方々でした。お薬の量も数週間にわたって変更されておらず、体調や病状がしっかり安定したタイミングで慎重に調査が進められています。さらに、薬物の乱用や知的障害といった別の要因が重なっている人はあらかじめ除外されており、純粋な性格の強みを正確に測定するための環境が整えられました。
使用された評価尺度|人生の満足度と24の性格強みを客観的に測定
研究を進めるにあたっては、心理学の世界で高い信頼を得ている3種類のアンケート調査が使われました。ひとつめは、年齢や学歴、ご家族との暮らしぶりといった背景を正しく把握するための質問票です。
ふたつめに使用されたのが、「SWLS」と呼ばれる人生の満足度を測るための心理テストです。これは「自分のこれまでの人生にどのくらい納得し、満足しているか」を調べるためのもので、短い5つの質問に答えることで人生全体の充実感を数値として可視化することができます。一時的な感情の波に左右されず、自分の歩んできた道のりをどう捉えているかという根本的な幸福感を測れる点が大きな魅力です。
そして、この研究で最も重要な役割を果たしたのが、「IPIP-VIA」という性格強みの測定ツールです。このテストは、人間が持つ素晴らしい道徳観である「6つの美徳」と、それを細かく分類した「24の性格強み」を調べるために作られました。参加者は全部で213項目におよぶ質問にひとつずつ答えていき、自分の中にどんな強みが秘められているのかを詳しく算出していきます。この特別なツールを活用したからこそ、当事者の方と健康な人の間にある心の強みを科学的に比較することが可能になったのです。
| 美徳(Virtues) | 含まれる性格強み(Character Strengths) |
| 知恵(Wisdom) | 独創性/創造性、好奇心、判断力/批判的思考、学習愛、大局観/知恵 |
| 勇敢さ(Courage) | 勇敢さ/勇気、勤勉さ/粘り強さ、誠実さ/正直さ、活気/熱意 |
| 人間性(Humanity) | 愛する能力、親切心/思いやり、社会的/感情的知性 |
| 正義(Justice) | 市民性/チームワーク、公平さ/平等、リーダーシップ |
| 節制(Temperance) | 寛容さ/慈悲、謙虚さ、慎重さ、自己規制/自己統制 |
| 超越性(Transcendence) | 美の鑑賞、感謝、希望/楽観主義、ユーモア、精神性/宗教性 |
統計解析の方法|データの差や繋がりを客観的に見極める工夫
集められた膨大なアンケート結果は、「SPSS 21」という統計解析専用のコンピュータソフトを使って、非常に厳密に計算処理されました。
当事者の方と健康な人の平均値を比べる時には、「t検定」と呼ばれる数学的なテストが使われています。これは、あらわれた平均値の違いが「たまたまその時の思いつきや偶然で生じたもの」なのか、それとも「グループとして本当に違いがあると言えるもの」なのかをハッキリ見極めるための方法です。
さらに、ただ単に「違いがある」と確かめるだけでなく、「その差が実際にどれくらい大きいのか」を測るために「Cohen’s d(コーエンのディー)」というものさしが使われました。これによって、わずかな違いなのか、それとも人生に大きく影響するほどの明確な差なのかを数値として評価しています。
また、それぞれの性格の強みが「人生の満足度」とどのように結びついているかを調べるために、「ピアソンの相関係数(r)」という分析方法が取り入れられました。この計算を行うと、「ある性格の強みが高くなればなるほど、人生の満足度も連動して高くなるのかどうか」という2つのデータの仲良し度(関係の強さ)を数字でチェックすることができます。
このように、研究者の思い込みや感覚に頼るのではなく、専門的なツールと数学的な計算方法を組み合わせることで、当事者の方の強みと幸せの関係を客観的に証明する工夫が重ねられていたわけです。
要するに、この研究では「信頼できるツールでデータを集め、統計の専用ソフトを使って客観的に分析した」ということです。
当事者の方と健康な人の結果に「たまたまではない本物の差(有意差)」があるのかを調べ、もし差があれば「その差はどのくらい大きいのか」まで厳密に数え上げました。さらに、「どの強みが強い人ほど、人生の満足度が高くなるのか」という繋がり(関連性)も計算によって割り出しています。
つまり、研究者の個人的な意見や勘に頼るのではなく、数学的な裏付けをもって「当事者の方の強みと幸せの関係」を確かめたというのが一番のポイントです。
第3章 統合失調症で低下した15の強みと保たれていた9の強み|研究から見えた本当の特徴とは
24種類の性格強みを比較して分かったこと
アンケートで集めた24種類の性格の強みを比べてみると、当事者の方と健康な人の間にはいくつかの明確な違いが見えてきました。具体的には、24項目ある強みのうち15項目で、当事者グループの平均スコアが健康なグループよりも統計的に低いという結果が出ています。
この数字だけを目にすると、「病気にかかると、たくさんの長所や心の強みが失われてしまうのではないか」と心配になるかもしれません。しかし、このデータを正しく読み解くためには、とても大切な視点が存在します。
スコアが低かったからといって、「その人の中から素敵な強みが完全に消えてなくなった」わけではありません。統合失調症の症状の中には、やる気が出にくくなったり疲れやすくなったりする現象があります。そうした心の状態や、人との交流が減ってしまう生活環境の影響によって、本来持っている長所や人柄の魅力を周りに発揮するチャンスが減っているだけだと捉えるのが自然です。
つまり今回の結果は、「強みが消滅した」という話ではなく、「病気による辛さや暮らしの難しさによって、自分の強みを外に表現しづらくなっている」という現状を示しています。
なお、データの見方として、平均値が高いほどその強みが豊かであることを意味します。また、偶然の差ではないと数学的に確かめられた場合に「有意差がある」と判断され、その差がどれくらい決定的なものなのかは「効果量」という数値で確認できます。数値が0.8や1.0を超えてくると、2つのグループの間に無視できない大きな違いがあると分かります。
| 性格強み | 統合失調症当事者群 平均値(標準偏差) | 健常者群 平均値(標準偏差) | 統計量 | p値 | 効果量 (Cohen’s d) |
|---|---|---|---|---|---|
| 感謝 | 3.7(0.64) | 3.9(0.54) | t=-1.80 | 0.07 | ― |
| 希望 | 3.36(0.71) | 3.95(0.54) | t=-2.80 | 0.007 | 0.63 |
| ユーモア | 3.3(0.60) | 3.6(0.59) | t=-2.13 | 0.03 | 0.48 |
| 精神性 | 3.6(0.93) | 3.3(0.92) | t=1.47 | 0.14 | ― |
| 美の鑑賞 | 3.7(0.61) | 3.7(0.52) | t=-1.30 | 0.19 | ― |
| 寛容さ・慈悲 | 3.4(0.50) | 3.4(0.49) | t=0.06 | 0.90 | ― |
| 謙虚さ | 3.3(0.50) | 3.3(0.51) | t=-0.12 | 0.90 | ― |
| 慎重さ | 3.6(0.55) | 3.6(0.43) | t=0.52 | 0.60 | ― |
| 自己規制 | 2.9(0.53) | 3.27(0.60) | t=-2.53 | 0.013 | 0.57 |
| 市民性・協調性 | 3.33(0.53) | 3.7(0.63) | t=-3.36 | 0.001 | 0.76 |
| 公平さ | 3.8(0.49) | 4.0(0.44) | t=-1.76 | 0.08 | ― |
| リーダーシップ | 3.11(0.76) | 3.73(0.57) | t=-4.08 | <0.001 | 0.92 |
| 愛する能力 | 3.43(0.68) | 4.1(0.47) | t=-5.11 | <0.001 | 1.16 |
| 親切心 | 3.57(0.53) | 3.98(0.42) | t=-3.83 | <0.001 | 0.87 |
| 社会的・感情的知性 | 3.2(0.57) | 3.58(0.43) | t=-3.27 | 0.002 | 0.74 |
| 勇敢さ | 3.04(0.49) | 3.43(0.47) | t=-3.57 | 0.001 | 0.81 |
| 勤勉さ | 3.37(0.67) | 3.77(0.46) | t=-3.08 | 0.003 | 0.70 |
| 誠実さ | 3.8(0.52) | 4.14(0.38) | t=-3.19 | 0.002 | 0.72 |
| 活気 | 3.23(0.76) | 3.54(0.51) | t=-2.08 | 0.04 | 0.47 |
| 独創性・創造性 | 3.2(0.67) | 3.3(0.60) | t=-0.59 | 0.55 | ― |
| 好奇心 | 3.5(0.70) | 4.0(0.44) | t=-3.70 | 0.00 | 0.84 |
| 判断力 | 3.5(0.56) | 3.7(0.41) | t=-1.27 | 0.20 | ― |
| 学習愛 | 3.37(0.68) | 3.86(0.51) | t=-3.55 | 0.001 | 0.81 |
| 大局観・知恵 | 3.47(0.60) | 3.74(0.38) | t=-2.36 | 0.002 | 0.54 |
| 人生満足度 | 16.9(5.6) | 22.37(3.9) | t=-5.06 | <0.001 | 1.15 |
対人関係に関わる強みで大きな違いが見られた
15項目の中でも、特に大きな差が確認されたのが「愛する能力」でした。統計的な計算(t=-5.11、p<0.05、Cohen’s d=1.16)を行っても明確な差があらわれており、数値が0.8を超えると非常に大きな差があると判断されるため、当事者の方と健康な人との間で違いが際立っていた部分と言えます。
また、「リーダーシップ」や「親切心」、「社会的・感情的知性」、「市民性」といった項目でも数値に大きな開きが見られました。これらはどれも、人との関係を良好に保ったり、集団の中で役割を果たしたりする力と結びついています。当事者の方は、症状や不安感、人付き合いへの苦手意識などから対人関係を維持することが難しくなるケースがあり、そうした背景が結果に影響したと考えられます。
ただし、ここで最も大切なのは「当事者の方は人を大切にできない」という意味では決してないということです。相手を思いやる温かい心を持っていたとしても、心身の疲労や強い不安を抱えている状態では、それを実際の行動として表現する余裕が持てなくなってしまいます。人間的な魅力そのものが失われたのではなく、発揮するための環境や気持ちの余地が大きく関係しているわけです。
好奇心や学ぶ力、行動する力にも影響が見られた
対人関係だけでなく、物事への興味や前向きな行動力に関係する強みにおいても違いが確認されました。「好奇心」や「学習愛」といった項目で大きな差が出ているほか、「大局観・知恵」という広い視野で物事をとらえる力でも数値に差があらわれています。
この結果は、病気の症状としてあらわれることのある意欲の低下や、興味・関心の薄れと深く関係している可能性があります。新しいことを学びたいという意欲や挑戦する心は、個人の性格だけで決まるものではなく、体調や睡眠、生活環境などの多様な要素によって変化します。つまり、「好奇心の数値が低い」ということは、本来の興味が失われたわけではなく、病気の影響で関心を外へ広げるための余力が削られている状態を示しています。
さらに、「勇敢さ」や「誠実さ」、「勤勉さ」、「活気」といった、目標に向かってコツコツ進む力や日々を生き生きと過ごす力でも低下が見られました。そのため、リハビリテーションの現場では当事者の方の「できないこと」を指摘するのではなく、小さな成功体験をひとつずつ重ねながら、本来の力を一緒に再発見していくアプローチが欠かせません。
統合失調症があっても健常者と同程度に保たれていた9つの強み
この研究におけるもっとも素晴らしい発見のひとつは、24種類の性格強みのうち9つの項目において、当事者の方と健康な人の間に統計的な差が認められなかった点です。これは、統合失調症という病気を抱えていても、これらの長所が健康な人と同じように保たれている可能性を示しています。
差が見られなかった項目には、「独創性・創造性」をはじめ、「判断力」「公平さ」「寛容さ」「謙虚さ」「慎重さ」「美の鑑賞」「感謝」「精神性」が含まれています。この事実は、病気を解釈する上で極めて重要な意味を持ちます。たとえ病気によって生活上のやりづらさや困難が生じたとしても、その人の根底にある素晴らしい人柄や自分らしさまで丸ごと失われてしまうわけではないと証明されたからです。
美しい景色に深く感動する感性や、誰かへの感謝の気持ち、他人を許す優しさ、物事を公平に見つめる姿勢などは、病気があっても温かく残り続けます。この研究は、「病気によって何が失われるか」という悲しい視点だけではなく、「どんな時でもその人の中に何が残り続けるのか」という、支援や理解に向けた本当に大切な希望の視点を提示してくれています。
人生満足度を高めるために重要な強みとは
研究では、性格強みだけではなく、人生満足度(SWLS)との関係についても調べられました。
| 性格強み | 統合失調症当事者群:人生満足度との相関 | p値 | 統合失調症当事者群:年齢との相関 | p値 | 健常者群:人生満足度との相関 | p値 | 健常者群:年齢との相関 | p値 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 感謝 | r=0.52 | 0.001 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 希望 | r=0.53 | 0.000 | ― | ― | r=0.35 | 0.027 | ― | ― |
| ユーモア | r=0.47 | 0.002 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 精神性 | r=0.38 | 0.015 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 自己規制 | r=0.51 | 0.001 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 愛する能力 | r=0.44 | 0.005 | ― | ― | r=0.36 | 0.023 | ― | ― |
| 社会的・感情的知性 | r=0.49 | 0.001 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 勇敢さ | r=0.37 | 0.017 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 活気 | r=0.65 | 0.000 | ― | ― | ― | ― | r=-0.36 | 0.002 |
| 独創性・創造性 | r=0.43 | 0.006 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 好奇心 | r=0.44 | 0.005 | ― | ― | ― | ― | r=-0.37 | 0.018 |
| 判断力 | r=0.40 | 0.001 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 大局観・知恵 | r=0.47 | 0.002 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| リーダーシップ | ― | ― | ― | ― | ― | ― | r=-0.32 | 0.045 |
| 学習愛 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | r=-0.41 | 0.009 |
| 誠実さ | ― | ― | ― | ― | ― | ― | r=-0.41 | 0.008 |
表の見方
この表は、性格強みと「人生満足度」または「年齢」との関係を示したものです。
相関係数(r)は、数値がプラスの場合、その強みが高いほど人生満足度が高い傾向があることを示します。反対に、マイナスの場合は、年齢が高くなるほどその強みが低下する傾向を示しています。
この結果を見ると、統合失調症当事者群では、24種類の性格強みのうち多くの項目が人生満足度と関連していました。
特に「活気」はr=0.65、「希望」はr=0.53、「感謝」はr=0.52、「自己規制」はr=0.51となっており、これらの強みを持つことが人生の満足度と強く関係していることが分かります。
一方、健常者群では人生満足度と有意な関連を示したものは「希望」と「愛する能力」の2項目のみでした。
これは、統合失調症当事者にとって、人生の満足感を高めるためには、特定の一つの能力だけではなく、自分の中にあるさまざまな強みを活かすことが重要である可能性を示しています。
その結果、人生満足度の平均点は、統合失調症当事者群が16.90点、健常者群が22.37点であり、統合失調症当事者群の方が有意に低い結果となりました(p<0.001)。
しかし、ここでも興味深い結果が見つかっています。
健常者群では、人生満足度と有意な関連を示した強みは「希望(r=0.35)」と「愛する能力(r=0.36)」の2つでした。
一方で、統合失調症当事者群では、24の強みのうち13項目が人生満足度と有意な正の相関を示しました。
特に、「活気(r=0.65)」「希望(r=0.53)」「感謝(r=0.52)」「自己規制(r=0.51)」「社会的知性(r=0.49)」「ユーモア(r=0.47)」「大局観(r=0.47)」などで強い関連が確認されています。
この結果は、統合失調症当事者にとって、人生の満足度を高めるためには、一つの能力だけを見るのではなく、自分の中にあるさまざまな強みに目を向けることが重要である可能性を示しています。
病気によって苦手になった部分だけを見るのではなく、今も残っている力や、その人らしさに目を向けることが、リカバリーを支える大切な視点になるのではないでしょうか。
第4章 研究結果から考える統合失調症のリカバリー支援|「失われた部分」ではなく「残っている強み」に注目する
統合失調症の支援で大切なのは「できないこと」だけを見ることではない
今回ご紹介したポウリナ・ロザたちの研究から明らかになったのは、当事者の方角が抱える一部の強みが低下する可能性がある一方で、病気があっても健康な人と同じように保たれている強みがしっかりと存在するという事実です。この結果は、病気を正しく理解する上で極めて大切な視点を与えてくれます。
従来の精神医療では、どうしても「何ができなくなったのか」や「どのような苦しい症状があるのか」というマイナス面に意識が向きがちでした。もちろん、幻覚や妄想、やる気の低下といった症状による辛さを理解し、適切な治療に繋げることは欠かせません。
しかし、人間というものは決して「病気や症状」だけでできている存在ではありません。たとえ生活の中で難しさが増したとしても、その人の奥底にある優しさや新しいものを生み出す力、物事を公平に見つめる姿勢、美しい景色に心を動かされる感性まで消えてしまうわけではないのです。つまりこの研究は、「何ができなくなるのか」だけでなく、「どんな素晴らしい力が今も残り続けているか」に目を向ける重要性を優しく伝えてくれています。
保たれていた強みを活かすことがリカバリーにつながる
心の病気における「リカバリー」とは、単に症状がゼロになって元の状態に戻ることだけを指す言葉ではありません。病気と上手に付き合いながら、自分らしい目標を持ち、人との温かい繋がりを感じつつ、自分自身の価値を認めて歩んでいく生き方そのものが大切なリカバリーの姿です。
今回の調査で健康な人との間に差が見られなかった9つの強みは、当事者の方が自分らしく生きる道を照らす上で大きな意味を持ちます。たとえば「独創性・創造性」は、その人ならではの豊かな考えや表現を生み出す原動力になります。また「美の鑑賞」は、自然や芸術、日々の何気ない出来事の中に感動を見出す素敵な能力です。
これらは一見すると、病気の治療とは直接関係がないように思えるかもしれません。しかし、人生の満足感を考えるとき、毎日の中で小さな楽しみや喜びを感じられることは何よりのエネルギーになります。「今日は空が綺麗で気持ちが良い」「心に響く音楽に出会えた」「誰かに『ありがとう』と言われて温かい気持ちになった」と感じる瞬間は、日々の暮らしを豊かに彩ってくれます。だからこそリハビリにおいては、症状を軽くすることに加えて、本人が持っている長所を見つけ出し、日々の生活で活かしていく視点が欠かせません。
人生の満足度を高めるためには自分の強みに気づくことが大切
研究データを詳しく分析したところ、当事者グループでは実に13種類もの性格強みが「人生の満足度」と深く連動していることが判明しました。特に、いきいきと過ごす「活気」、将来を楽しみにする「希望」、周囲に感謝する「感謝」、自分の感情を整える「自己規制」、人の気持ちを察する「社会的知性」などは、人生全体の幸せと強い結びつきを示しています。
この結果が意味しているのは、当事者の方が心からの充実感を得るために、必ずしも「症状が完全に消え去ること」だけが絶対の条件ではないということです。生活を安定させるために体調を整えることはもちろん大切ですが、それと同時に「自分には何ができるのか」「どんな魅力的なところがあるのか」を自分自身で再発見していくアプローチも同じくらい重要になります。
たとえ病気にかかる前とまったく同じように働くことが難しくなったとしても、家族との時間を温かく過ごせたり、誰かの痛みに寄り添う優しさを発揮できたり、自分だけの趣味を楽しめたりすることがあります。これは、過去の自分に無理やり戻るのとはまた違う、新しくしなやかな形のリカバリーと言えるはずです。
「欠けている部分」ではなく「その人らしさ」に目を向ける
病気を抱える本人や温かく見守るご家族にとって、病気によって失われてしまったものにばかり目が向いてしまうのはごく自然なことです。以前は当たり前にできていたことが難しくなると、「どうしてうまくいかないのだろう」と深く悩んでしまう瞬間もあるでしょう。
しかし今回の研究は、辛い変化だけに縛られる必要はないのだと教えてくれます。統合失調症という病気があっても、その人の中には変わらず輝き続けている強みが確実に存在します。人を思いやる温かい心、物事を深く考える誠実さ、綺麗なものに素直に感動する感性、自分なりの価値観を持ち続ける強さ。それらは症状の有無などに左右されることのない、その人自身を形作る大切な宝物です。
これからの精神医療や周囲のサポートに求められているのは、単にお薬などで症状をコントロールすることだけではありません。その人が秘めている力を一緒に見つけて大切に育み、自分らしい人生を築いていけるように温かく寄り添うことです。「何が失われたのか」という悲しみだけでなく、「何が今も変わらず残っているのか」という希望の視点を持つことこそが、当事者の方を正しく理解し支えていくための第一歩になります。
終わりに
私たちは最初、「人の魅力や価値は、目立つスキルや病気の有無だけで測れるものなのだろうか」という問いから考え始めました。
Paulina Rozyaらの研究結果は、この問いに対して一つの重要な答えを示してくれています。
それは、人の価値やその人らしさは、社会の中で分かりやすく評価される能力だけで決まるものではないということです。
統合失調症という大きな困難を抱える中で、確かに「活気」や「社会的知性」といった、人との関わりや行動力に関係する強みは低下している可能性が示されました。
しかし、その一方で、物事を多角的に考える「判断力」、相手の不完全さを受け入れる「寛容さ」、美しいものに心を動かされる「美の鑑賞」、そして「感謝」や「精神性」といった9つの強みについては、健常者との間に大きな違いは認められませんでした。
これは、統合失調症によってその人の人間性や魅力そのものが失われるわけではないことを示しています。
病気によって生活の中で難しくなることや、以前できていたことができなくなることがあったとしても、その人の内側には変わらず存在している力があります。
この事実は、私たちが無意識のうちに持っている「できる・できない」「健常か・病気か」という二つに分けて考える視点を見直すきっかけになります。
人を見るとき、本当に大切なのは、その人が何を失ったのかだけではありません。
その人の中に今も残っているものは何なのか、どのような強みを持っているのかに目を向けることではないでしょうか。
もし私たちが、自分自身や誰かを見るときに、表面的な生きづらさや困難だけに注目するのではなく、その奥に存在している「その人らしい強み」に気づくことができたなら、それは単に「病気を治す」「失った機能を取り戻す」という考え方を超えていきます。
それは、病気を抱えながらでも自分らしい人生の意味を見つけ、希望を持って歩んでいく「リカバリー(回復)」の道を支える大切な視点になるのではないでしょうか。
人の本当の強みとは、社会の中で上手に立ち回る能力だけではありません。
困難な状況の中でも失われず、その人の人生を静かに支え続ける内なる資質こそが、その人らしさを形作る本質的な強みであり、人が人として生きていくための大切な土台なのかもしれません。
参考文献
最後に|免責事項・注意書き
本ブログで発信している内容は、あくまで僕個人の体験談や調べた論文などの記録に基づいたものです。統合失調症の症状や療養プロセスは人それぞれ異なるため、すべての当事者の方に必ずしも当てはまるわけではありません。
症状や治療について詳しく知りたいこと、不安なことがあれば、必ずご自身の主治医の先生にご相談ください。
- 僕へのご連絡について: これまでSNS上などで、多くの方の相談に乗らせていただいた実績があります。もし僕に話を聞いてほしいことや、共有したいことがあれば、お問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください!
ただし、僕は医療従事者ではないため、専門的な治療の判断や、お体の責任を負うようなカウンセリングは致しかねます。あくまで「統合失調症歴13年目の統合失調症経験者」として、お話をお伺いする形になりますので、その点だけご了承いただけますと幸いです(僕個人では対応しきれない重いお悩みなどの場合は、主治医や専門機関へのご相談をお勧めすることがあります)。 - 専門的な情報をお求めの方へ: 統合失調症に関する、より専門的で正確な情報が必要な場合は、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)などの専門機関のホームページを参考にされることを強くお勧めします。
専門的な情報を確認した上で、気になる点はぜひ主治医の先生に質問してみてくださいね。


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